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東京地方裁判所 平成6年(ワ)22193号 判決

主文

一  被告株式会社新潮社及び被告松田宏は各自、原告吉岡達也に対し三四万円及び内三〇万円に対する平成六年一一月二五日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員並びに原告甲野花子に対し一五八万円及び内一五〇万円に対する平成六年一一月二五日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、原告吉岡達也に生じた費用の二五分の一、原告甲野花子に生じた費用の五分の一、被告株式会社新潮社に生じた費用の二五分の一及び被告松田宏に生じた費用の二五分の一を被告株式会社新潮社及び被告松田宏の負担とし、右各原被告に生じたその余の費用及びその余の各原被告に生じた費用を原告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  被告らは、各原告に対し、各自二〇八万一二五〇円及び内二〇〇万円に対する平成六年一一月二五日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告らは、各自謝罪広告を、それぞれ別紙一記載の条件で一回掲載せよ。

第二事案の概要

本件は、ピースボート一〇周年クルーズを主催した原告らが、被告株式会社新潮社(以下「新潮社」という。)の発行する週刊誌「週刊新潮」一九九四年一〇月二〇日号(以下「本誌」という。)に掲載された別紙二記載の記事(以下「本件記事」という。)等の記載による名誉を毀損されたと主張して、被告らに対し、不法行為に基づき謝罪広告の掲載及び損害賠償の支払を請求した事案である。

一  争いのない事実等(証拠及び弁論の全趣旨により明らかに認められる前提事実を含む。)

1  当事者等

(一) 原告ら及びピースボート

原告らはいずれも、「ピースボート一〇周年クルーズ主催者規約」と題する書面による契約を締結し、ピースボートの主催者団体として、地球一周クルーズを企画し、そのために出資金や労力を提供した者である。

右ピースボートとは、昭和五八年より毎年客船をチャーターしてアジア各国に船を出し、「過去の戦争を見つめ未来の平和をつくる」のスローガンのもと、現地の人々と交流を深める運動を進めている市民団体である。ピースボートは、法人格を持たず、各クルーズ毎に主催者団を構成してその都度船旅を企画・実行している。ピースボートは昭和五八年以来平成六年に至るまで合計一六回のクルーズを企画・実行してきた。ピースボートのクルーズに参加した人数は、平成八年のクルーズに至るまでで延べ約九〇〇〇人である。

ピースボート一〇周年クルーズとして行われた第一六回ピースボートは、米国ロイヤルクルーズライン社所有のゴールデンオデッセイ号という客船を使用して、平成六年六月九日に東京晴海を出航し、同年八月三一日に再び東京に戻ってくる八四日間のクルーズ「夏休み地球一周の船旅」(以下「本件クルーズ」という。)を企画・実行した。

(以上、甲六、弁論の全趣旨)

(二) 被告ら

被告新潮社は本誌の発行元である。

被告松田宏(以下「被告松田」という。)は本誌の編集長兼編集人であり、被告加藤新(以下「被告加藤」という。)、被告鳥山昌宏(以下「被告鳥山」という。)及び被告内田浩平(以下「被告内田」という。)は、いずれも被告新潮社の社員で本誌編集部員(加藤は編集委員)であって、本件記事の作成・執筆及び本件記事についての取材を担当した者である。(以上、争いのない事実、弁論の全趣旨)

2  本件記事の掲載

被告新潮社は、平成六年一〇月一三日ころ、本誌を発行し、その一二八頁から一三二頁にかけて「ピースボート豪華世界一周を『惨憺旅行』にした責任者」との見出し(以下「本件見出し」という。)の下に原告甲野花子(以下「原告甲野」という。)の顔写真(以下「本件写真」という。)及び本件記事を掲載し、これを全国の書店等で販売した。

被告新潮社は、本誌の広告として、本件見出し及び本件写真を掲載した新聞広告及び電車内の吊り広告(併せて以下「本件広告」という。)を出した。(以上、争いのない事実、弁論の全趣旨)

二  争点

1  本件記事による名誉毀損の成否

(原告らの主張)

(一) 被告らは、本件記事において、以下に指摘するような虚偽の事実を摘示することにより、ピースボートの名誉を毀損し、ひいては原告らの名誉を毀損した。

(1)ア 本件記事は、本件見出し及びこれに付随する本件写真、「豪華客船で世界一周の旅―金と時間のユトリさえあれば、誰もが憧れる『夢』には違いない。だが、市民団体『ピースボート』が企画して話題になった『八十四日間世界一周の船旅』の参加者たちの場合は、少々、事情が違ったようだ。『食事がまずかった』『船が古かった』等々、帰国後も少なからぬ不満の声が上がっている。トラブル続出のクルーズは“平和”どころか、惨憺たるものだったというのだ。」とのリード部分、「裏切られた『豪華』イメージ」との小見出し部分並びに「やはり問題はこのツアーが“豪華世界一周”を謳い、」との本文中の記載により、原告らの名誉を毀損した。

(以上の本件記事の記載をまとめて、以下「本件問題部分1」という。)

イ 本件問題部分1は本件クルーズが「豪華世界一周」を銘打ちながら、「豪華世界一周」でなく「惨憺旅行」であったとの印象を与えるものである。断定的で全面否定的な表現である「惨憺旅行」「惨憺たるもの」などの表現は、悪質な誹謗中傷の他ならない。本件問題部分1は、いかにも本件クルーズが本来のテーマ性を隠匿し、豪華さばかりを主な謳い文句にして乗客を集めたような印象を与えており、またこれとの対比で、本件クルーズが他のクルーズに比して極めて水準の劣るものであるということを不当に強調するものである。

ピースボートは、本件クルーズを「豪華世界一周」と銘打ったことはただの一度もない。ピースボートの発行する印刷物においてクルーズの豪華性を謳うような表現は一切ない。本件クルーズが、貴族趣味の観光に主眼を置き、その豪華さを強調するようなものではなく、国連改革や地球環境の問題を考える場を提供するなど、テーマ性を持ったカジュアル性主体のクルーズであることは、本件クルーズ参加者に対して事前に十分に説明されていた。

また、原告甲野はピースボートの責任者ではないし、「責任者」を名乗ったことは一度もない。本件写真は、本件見出し及び本件記事内容と相俟って、本件記事の指摘する「惨憺旅行」であるクルーズの責任が原告甲野個人にあるかのような誤った印象を与えるものであり、原告甲野個人の名誉を著しく毀損するものである。

更に、「食事がまずかった」「船が古かった」などのクレームは事実に反するものであるし、トラブル続出というのも事実に反する。

本件クルーズは、他のクルーズに比較して一日当たりの参加費用は安値でありながら、一般並以上のサービスを提供し、食事などについても、日本人シェフを同乗させたりして日本人向けの特別な配慮をきめ細かに行い、水準以上の質の食事を出していた。長い船旅で食事に関する不満等が頻出することは、客船業界では常識となっているが、本件クルーズの食事については現に高い評価を与えている乗客がいる。本件問題部分1、「食事がまずかった」という一部の乗客の意見を一方的に載せたものである。

本件クルーズに使用されたゴールデンオデッセイ号は一九七四年の建造で、世界的に有名なクイーンエリザベスⅡ世号(一九六九年建造)などの他の世界一周クルーズに使用されている著名な豪華船と比べても古いとはいえない。

(2)ア 本件記事は、「デッキの方はいつも混み合って、まるで難民船のようでしたわね。」との本文中の記載(「以下「本件問題部分2」という。)により、原告らの名誉を毀損した。

イ 本件問題部分2は、あたかも本件クルーズがいわゆる「難民船」という言葉からイメージされるように極めて食糧も不十分で、船の設備も乏しく、サービスや安全性に欠けているかのような印象を与えるものである。

船旅において、人気のある朝食などで乗客の行列ができるのはむしろ当たり前であり、確かに、朝食の際和食を出したデッキの方では乗客の列ができたことは事実であるが、その際レストランの方では、洋食が選択ができ、そちらでは列ができることはなかった。

クルーズでのビュッフェ形式の食事において行列ができることは通常起こりうることであるのに、本件問題部分2はあたかもサービスの悪さの見本のように引用されている点で不当である。「難民船のよう」との記載は、このような事態が滅多にないという意味において事実と相違する。

(3)ア 本件記事は、「プールは狭いし、水は汚い。おまけに船はいつも左側に傾いて走っていて、いまにも転覆しやしないかと心配したほどです。」「高い金ばかり取られてえらい目に遭いました。」「船自体は二十年前に建造されたもので、三年前に一度内装の改修工事をしただけだったため、シャワーの排水が溜って、しょっちゅう雑巾掛けをしなければならなかった。中には、天井から水漏れしている部屋もあった」との本文中の記載(以下「本件問題部分3」という。)により、原告らの名誉を毀損した。

イ ピースボートのクルーズ参加費用は、客船旅行業界において、客観的に他の世界一周クルーズに比べ、かなり安い金額である。にもかかわらずこのような指摘をすることは、故意にクルーズに用いた船を酷いものであると印象づける発言であり、それ自体、直接にピースボートを誹謗し、主催者である原告らの名誉を毀損するものである。

本件クルーズに使用されたゴールデンオデッセイ号は、米国ベルリッツ社刊の一九九四年版「COMPLETEGUIDE TO CRUISING AND CRUISE SHIPS」において客船評価の世界的権威のダグラス・ウォード氏も最高に次ぐ四星クラスと認め、「海の宝石と呼べる」との賞賛を送っている船である。また、ゴールデンオデッセイ号は、建造後、基本的に、五年に一度の改修工事を行っている。最後の改装は一九九〇年から一九九一年にかけて大規模に行われている。「アメリカ・コーストガード(米国沿岸警備隊)」の安全基準に合致するように一九九四年五月にも改修されている。

船のプールの大きさについても、一万トン級の船の中では標準的なものであるし、プールの「水が汚い」という事実もなかった。

本件クルーズの船が左に傾いて走っていたことについては、乗客らの質問もあり、原告らは乗客に対して理由を説明しており、以降は乗客の中でこの点の不安は払拭されている。船体を傾けて走ることは、状況により一時的にスピードを維持するために行われる航行方法であるのに、「船はいつも左側に傾いて走っていて、いまにも転覆しやしないかと心配したほどです。」との記載は、何らの裏付け取材もしないままそれを船自体の欠陥であるかのように表現した点で事実に反する。

「シャワーの排水が漏って、しょっちゅう雑巾掛けをしなければならなかった。中には、天井から水漏れしている部屋もあった」との記載は、他の船旅でも通常起こりうる事象であって、本件クルーズにおいて一時的、一回的に生じたに過ぎないことを、あたかも本船の欠陥により常時起こっていたことであるかのように強調したものである。特に天井から水漏れがあった点については、乗客の一人が干していた衣類を誤ってトイレに詰まらせたという事故によって生じたもので、本船の欠陥とは関係ないものである。

(4)ア 本件記事は、「クレーム満載の航海だった」との本文中の記載(以下「本件問題部分4」という。)により、原告らの名誉を毀損した。

イ 本件記事の発行時点では、本件クルーズについて、旅行に関する公的苦情窓口である日本旅行業協会(JATA)に対しての苦情申立ては一件もなかったのであり、本件問題部分4は虚偽の事実である。

(5)ア 本件記事は、本文中において、本件クルーズにおけるパレスチナのオプショナルツアーに関して「料金の二重取りになる、と猛烈に抗議したんです。」「私はこの時、ピースボートが、市民運動の美名に隠れた金儲け主義の集団だということを確信したんです。」との記載(以下「本件問題部分5」という。)をし、もって、原告らの名誉を毀損した。

イ ピースボートが料金の二重取りをした事実はない。

いわゆるパレスチナ事件はダブルブッキングでも料金の二重取りでもない。パレスチナオプショナルツアーに参加する乗客は、エジプトのポートサイドで一旦船(ゴールデン・オデッセイ号)からチェックアウトし、イスラエルに正式の入国手続きをし、再度ポルトガルからチェックインする取扱をせざるを得ず、また官憲の指示もあり、本件オプショナルツアー参加者の荷物は、離脱した乗客の荷物として船室より搬出する取扱とならざるを得なかったものである。したがって、その間やむを得ず空室となる客室を他のクルーズ客に使用させることは、何らダブルブッキングに当たらない。そして、パレスチナオプショナルツアーの参加費用については、原価より引き下げるなどの優遇措置を講じていたのであって、この点からも料金の二重取りの非難は明らかに不当である。

ピースボートは金儲け主義の集団ではない。

ピースボートの本件クルーズは、構成員に配当など何らの財産的利益ももたらさない非営利活動として取り組まれている。ピースボートはボランティア活動への取組などを通じ、非営利的な公益団体として社会的にも広く認知されているばかりか、公的にも認知され、また国際的にも知られている。金儲け主義の集団との指摘は、設立当初から非営利でクルーズの企画運営を行ってきたピースボートに対する直接的な誹謗、そして主催者である原告らに対する名誉毀損に他ならない。

(6)ア 本件記事は、「ピースボートの創設者である甲野花子さんと、元日本赤軍のコマンドで、ストックホルムから強制送還され、その後、昭和五十一年にパスポート偽造で逮捕された男性とが今でも親しい関係にあることは公然の秘密です。そして、もちろんその男性も、ピースボートの主催者の一人です」との本文中の記載(以下「本件問題部分6」という。)により、原告らの名誉を毀損した。

イ 本件問題部分6は、原告甲野及びピースボートと「日本赤軍」を故意に結びつけ、あたかも原告甲野及び一九八三年以来いかなる政治団体、宗教団体ともつながりを持たず、スポンサーもつけずに、自主独立の団体運営をしてきたピースボートに対し、「日本赤軍コマンド」からイメージされる過激政治集団性が存在するがごとき印象、更には「日本赤軍コマンド」が背後に存在し主催者の一人としてあるいは創設者の「愛人」としてピースボートをあやつり、そこから「金儲け」をしているかのような印象を一般の読者に与えるものである。

原告甲野と親しい関係にあるという男性に関する記述は、全くの無実無根であり、捏造以外の何物でもない。

この男性は原告乙川太郎(以下「原告乙川」という。)を指すものと思われるところ、原告乙川については、ストックホルム大学に留学中、旅券返納命令に従わなかったことを理由に旅券法違反で日本に強制送還され、パスポート偽造容疑で逮捕された事実、及び、その際原告乙川が赤軍関係者であるかのような報道がなされた事実はある。

しかし、これらはすでに本件記事より一八年も前のことである上、原告乙川を赤軍関係者とする等の報道の元となった情報は全く事実無根のものであった。そして、パスポート偽造容疑についても結局嫌疑が認められず不起訴・釈放となっている。それにもかかわらず、被告らは、原告乙川本人への取材等の裏付け取材を全くせずに、本件問題部分6を記載した。

また、被告らは、原告乙川からマンションが与えられた旨原告甲野が法廷で述べた旨主張するが、原告甲野は法廷で原告乙川のマンションを賃借していたと述べたに過ぎず、原告甲野はマンションを与えられたことを法廷で自認などしていない。

(7) 本件記事は、本件クルーズが全体として極めて質の低いものであったかのように延べているが、本件クルーズは全体的にみて、世界一周旅行として中等以上のものであった。本件クルーズの乗客のほとんどが本件クルーズに及第点を与えている。

本件クルーズのような規模の大きい、長期間のクルーズについては、乗客の苦情がないということはほとんどあり得ないことであるが、だからこそ、乗客の一部の苦情を元に本件記事のような、本件クルーズ全体に対する悪意に満ちた誹謗記事を公にすることは許されるものではない。

被告らの本件記事の取材方法は、その記事の根拠とされた素材の選択、その真偽の確認、調査等の点で、極めて杜撰という他はなく、原告らが主張する各争点につき、被告らにおいて本件記事の内容を真実と信ずるに相当の理由があったとする余地はない。

(二)(1) 原告らは、いずれもピースボートというグループの運営の主催者として、日常からピースボートの名においてピースボートとしての活動、すなわち船舶をチャーターし、世界各地を訪れるという企画・運営を行うなどしていたのであり、ピースボートという名義・表示はグループを構成する主催者らである原告らを表示しているものと認知されている。ピースボートの活動実体からすれば、各原告らは、例えば「ピースボートこと吉岡達也」「ピースボートこと甲野花子」という名義を用いて活動しているのであり、「ピースボート」という名義・表示が各原告らを指し示すものとして用いられている社会的実態を認めることができるのである。

したがって、ピースボートに対する誹謗中傷は、そのまま「ピースボート」の名義で活動を行い社会的に認知されている各原告の名誉を毀損するものであり、「ピースボートこと各原告」という意味でピースボートと各原告の名誉毀損行為の対象性は一体のものである。

(2) 仮に、原告らについて「ピースボートこと何某」という構成が認められず、本件記事が誹謗中傷したのは「ピースボート」についてであって、ピースボート主催者としての原告らを誹謗中傷したものではないとしても、なお原告らは本件記事によって精神的苦痛を受けたのであり、この精神的苦痛は癒されるべき法的な保護を与えられなければならないものである。

ピースボートは社会的事実としては団体性を有するものであることは明らかであるが、社会的事実としての団体であるピースボートの名誉が本件のような誹謗中傷記事によって毀損された場合に、その団体の一員として継続的かつ献身的に活動してきた原告らが精神的な苦痛を被ることは当然起こりうることである。

このような精神的な苦痛は、いわば間接的なものであることからして、他の方法によって名誉を回復する途が法的に保護されているような場合、例えばピースボート自身が直接原告として被告に対して損害賠償請求の訴えを起こすことが可能な場合は、原告らがこの間接的な精神的苦痛につき癒される可能性があるものの、対等な主催者によって構成される団体であって権利能力なき社団にも該当しないピースボートはその主催者を離れて独立の人格として訴訟の主体になることはできないのであるから、このような本件の場合においては、原告らが自ら訴訟の主体となってその精神的苦痛の救済を求める必要があるのである。

(3) なお、原告らが周囲から社会的に本件クルーズ及びピースボートの責任者であると認識されている事情及び原告らが本件記事の掲載により受けた被害については、別紙三記載のとおりである。

(被告らの主張)

(一) 本件訴訟において、原告甲野及び原告乙川を除くその余の原告らは、当事者適格を有しない。

本件記事においては、市民団体ピースボートもしくは第一六回ピースボート主催者団を報道及び論評の対象としているが、本件問題部分6以外においては、原告らの各個人について報道及び論評の対象としていない。

原告甲野及び原告乙川を除くその余の原告らについては、「ピースボート」こと各原告らと社会的に認知をされるほど一般社会に認識される外形的事実はなく、本件記事の執筆者は、団体としての「ピースボート」もしくは「ピースボート主催者団」については執筆の対象として認識しているが、原告甲野及び原告乙川を除くその余の原告らについては全く念頭にない。また「ピースボート主催者団」に対する本件記事によって、右原告らが何らかの精神的苦痛を受けたとしても、それは全くの主観的な苦痛であって法的保護の対象たり得ない。

「ピースボート」も「ピースボート主催者団」も、その構成員に変動があっても、団体として継続性、独自性を有する。ともに法人格はないものの社団たることは明らかであるから、民事訴訟法二九条により、民事訴訟上の当事者能力を具有しており、本件においても、原告ら名義によらず「ピースボート」又は「ピースボート主催者団」として、本件記事による損害賠償請求について原告たりうるのである。

(二)(1) 本件記事は公共の利害に関する事実の報道及び事実に基づく論評であるが、報道の目的が専ら公益にでた場合であり、その報道する事実は真実であるか、本件記事作成者がその事実を真実であると信ずるについて相当の理由がある。そして、論評部分については、右事実に基づく公正なる論評である。

すなわち、本件記事は違法性を欠くか、免責事由を有する。

(2) 「ピースボート」運動は、社会の関心事として、マスコミ、報道機関の広く報ずるところであり、既に私的問題の域を超えて、その在り方、動向は社会の正当な関心事、公共の問題になっている。

ところで、「ピースボート主催者団」の企画・運営する昭和五八年を第一回とするクルーズ、特に本件クルーズは旅行業法二条四項所定の「主催旅行」に当たる。また、本件クルーズとの関係においては、「ピースボート主催者団」は、消費者保護基本法四条所定の事業者であり、旅行業法二条一項所定の旅行業の執行者である。そして、旅行特に「主催旅行」に係る苦情は、その規模の拡大とともに、個人の問題の域を超えて、大きな社会問題となっている。本件クルーズ参加者と「ピースボート主催者団」との紛議ないし苦情は、旅行等に「主催旅行」に係るものであるから、それは消費者問題であり、社会の正当な関心事というべきである。

すなわち、本件記事は、非営利を標榜し平和運動を目的とする市民団体が企画・運営する「主催旅行」に対する事実の報道及び論評であり、その対象は社会の正当な関心事、公共の問題である。

また、今回のツアーのみならず将来的にもピースボートのツアーが継続的に行われる以上、ツアー運営上の問題点を指摘し、是正されるべきとの記事の掲載は公益目的に適うものである。また、ピースボートのツアーはその性質上物見遊山的なツアーとは異なり、市民運動としての趣旨を有する以上、そもそもピースボートがいかなる組織なのかその背景を報道し、ツアーの一般公募参加者にその背景を知らせることも社会一般の公益に適うものに他ならない。

本件記事内容には、ピースボートの行っている「国際文化交流」等の具体的な活動については一切批判の対象としていないことからも明らかなとおり、被告らは、本件記事においてピースボートの組織・活動自体を直接批判の対象としているものではない。

ピースボートという組織は、毎回のツアーに公募制で主催者を募り残務処理がすめば解散する。その責任者は主催者一人一人というものであり、代表者も置かない組織である。第一六回ピースボート主催者団は総勢六八名というが、一般公募を加え七一一名もの乗客が世界一周クルーズをし、事故が起きた場合の法的責任の所在は、一般の資力がない若者中心のその都度集る個人個人の無限責任ということである。ピースボートの市民運動としての組織、活動を理解し賛同した参加者だけではなく、クルーズの豪華性を謳うことにより、旅行気分を盛り上げ、右趣旨を十分に理解していない物見遊山的な一般参加者をも同船させることにするのであれば、それは原告らの組織運営上の責任体制とは相容れないことは明らかであり、その社会的問題点が問われることは当然である。

被告らは、本件クルーズの建前と本音の乖離、旅行業法上の問題点、主催者団の組織、募集方法、収支に係る問題点につき、各関係者に取材し、事実の報道をし、かつ事実に基づく論評をして本誌の読者の知る権利に応えたものである。決して事実を捏造し、悪質な誹謗中傷を目的としたものではない。

(3) 本件記事の執筆に当たり、被告加藤がデスク(まとめ兼執筆)となり、被告鳥山、被告内田、訴外大門宏樹(以下「大門」という。)、訴外岩本光輝(以下「岩本」という。)が取材記者として配属された。

被告加藤は、本件クルーズの乗船名簿、本件クルーズのパンフレット他様々な基礎資料を集め、被告鳥山は川崎市、福井市在住の本件クルーズの参加者等三名の取材、被告内田はピースボートのクルーズの水先案内人三名と評論家、事情通各一名の取材、岩本は東京在住の本件クルーズの参加者三名の取材をそれぞれ行った。

(4) およそ名誉毀損訴訟では、記事の主要部分の事実の真実性・相当性ないし論評の公正性の立証が要求されるが、本件記事全体を細大漏らさず立証することを要求されるものではない。

また、当然どの新聞社や雑誌社にもそのメディアとしての独自の論調、基本的視点があるのであるから、新聞社や雑誌社は客観的に公正な論評を要求されるものではない。本件では世界一周クルーズなど何度も行ったことがない乗船者の主観的な論評が、その論評としての域を逸脱しているのか否かが法的に問われているのである。

原告らは、そもそも自分たちに批判的な視点から論評を行うこと自体が名誉毀損であると訴えているに過ぎない。

(三)(1) 本件問題部分1について

ア 一般に、雑誌等の見出し、リード部分は簡略かつ端的に内容を表示し、読者の注意を喚起し本文を読まさんとする意図を有する性質上、多少表現が誇張されることはやむを得ない。したがって、本文記事の内容について名誉毀損が成立しない場合には、見出し等が単なる誇張の域を超えて、本文の内容と「背理」もしくは「著しく逸脱」する場合でない限り、見出し等に名誉毀損が成立することはない。そして、「背理」もしくは「著しく逸脱」するか否かは一般読者の普通の注意と読み方を基準として判断すべきである。

そこで本件についてみるに、本件見出しは本件記事の本文の内容そのものを見出し等で表現したものに他ならず、そこには何ら本文の内容との「背理」ないし「著しい逸脱」はない。

イ 被告らが本件記事の冒頭に原告甲野の本件写真を掲げたのは、ピースボートの創設者を紹介するという意味においてであって、本件記事は甲野個人の責任を述べるものではないことは、本件リード部分及びそれに続く本文の記述に照らしても明白である。

本件広告のみを取り出せば、原告甲野が責任者であると誤解する読者がいる可能性はあるが、ピースボートは主催者一人一人が責任者となっている組織である以上、原告甲野も責任者であることには変わりがないのであるから、何らの虚偽はない。

一般的にいって、組織についての記事やその広告においては組織の顔というべき者が見出しにおいて顔写真付きで表現されることが慣行となっている以上、本件広告から専ら原告甲野個人のみが責任者であるとは読者にとって到底一義的には読めない。

のみならず、本件広告だけでは原告甲野においてどういう責任があるのかにつき具体的事実の摘示はないため、原告甲野において具体的な社会的評価の低下が生じていない。

ウ 原告らは、ピースボートは「豪華世界一周」と銘打ったことはただの一度もない旨主張するが、ピースボートが本件クルーズ参加者に交付した豪華なパンフレットには、豪華な船旅をイメージさせる記述がなされている。寧ろ豪華性を打ち出したからこそ、その期待を裏切られた乗船者からクレームが続出し、その問題性が取り上げられたのである。

原告らは、他のクルーズと比較すれば本件クルーズは中等以上のものであると主張するが、本件クルーズと他の世界一周クルーズとの比較などは、そもそも本件記事の主眼ではないし、確かに本件クルーズの参加費用を勘案して及第点をつけた参加者もいたが、本件記事は値段との比較において本件クルーズの質の高さや顧客満足度を比較記述した記事ではない。市民運動としてのピースボートのクルーズに、一般募集による観光旅行を目的とした参加者が呉越同舟した結果のトラブル、クルーズの問題点を取り上げた記事なのである。

エ 原告らは「食事がまずかった」「船が古かった」などのクレームは事実に反するとしているが、これらは多くの乗客がその体験、実感を述べたものである。取材対象者はほとんどが食事について不満を述べていた。

本件訴訟において、原告らが本件クルーズにおいて実際に乗客の食用に供せられたものであるとして提出した書証の食事のカラー写真によれば、これらの料理が日本における中級のレストランの一般標準並に達するものか否かははなはだ疑わしく、むしろ標準を下回るものが多いのではないかと思われる。

また、仮に原告らが主張するとおり、本件クルーズにおける食費は乗客一日当たり8.9ドルであったとしても、本件クルーズの参加費用における食費の割合はいかにも低いものと思われる。

オ 「惨憺旅行」「惨憺たるもの」などの表現は、なるほど些かきつい表現かもしれないが、これらは消費者保護のための社会的使命を自負している本件記事執筆者の「意見言明」として、相当の範囲内にあるものである。

(2) 本件問題部分2について

本件問題部分2の「まるで難民船のよう」というのは、乗客が体験した事実を客観的に語ったものに過ぎない。

原告らは、朝食の際、和食を出したデッキの方では、乗客の列ができたことは事実であることを自認している。原告らの争う部分とは「難民船のよう」という意見、論評の相当性である。

意見論評部分の名誉毀損性の判断基準は、基礎事実の真実性を前提として、意見論評部分が人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したものでないか否かである。

本件クルーズでは豪華性を謳っていること、更に乗客に配られたパンフレットやかつてのクルーズでのパンフレットにおいて、船上の食事の豪華さを想像させるような記載がなされていることからすれば、難民船のようだったという批判的意見は何ら意見ないし論評としての域を逸脱したものではない。

(3) 本件問題部分3について

ア プールが狭く、水が汚いことについては、乗船者の松本賢治氏の取材、若杉明子氏の取材、河田いさお氏の取材、近藤万記子氏の取材等によるものである。

プールが狭いかどうかは実際の乗船者の多数の主観的意見であって、原告らのいうような一万トン級の中では標準的であるから不当、不合理で違法な意見であるとする見解は成り立たない。乗客は船舶のトン数に応じた船内プールの大きさの基準や船舶の履歴については詳知しないし、また知らされてもいない。

イ 船が左に傾いて走っていたこと及びそのことについて乗客から心配して質問が出たことは原告らが自認するとおりである。

一般の乗船者が、船の航行においては潮の流れや風向き等で船を傾けて航行することがある等という技術的なことについて知る由もなく、左に傾いて走っている船の中で、転覆しやしないかと心配することも何ら不当、不合理ではあり得ない。

ウ 実際の乗船者が、安い船旅だったか、高い船旅だったかは、乗船後の評価、意見の問題に過ぎない。えらい目に遭ったとの部分も本文中記載の基礎事実からの評価、意見に過ぎない。普段豪華船で世界旅行などをしたことがなく、本件クルーズに一般公募で参加した者の意見として、論評の域を逸脱したものかどうかが問われるだけである。

エ 船が二〇年前に建造されたことは争いのない事実である。三年前に一度内装工事をしただけということについては、それ自体名誉毀損に何ら関係のない事実である。問題はシャワーの排水が漏って、しょっちゅう雑巾掛けをしなければならなかったのか、天井から水漏れしている部屋があったのか、というトラブルの有無なのであって、それらの事実は原告らが自認するとおりである。

オ 事情を確知していないものが軽率な判断をすることは慎まねばならないが、本件クルーズの乗客における右のような認識不足や誤解は責めるべきほどのものではない。そして、乗客の船上生活に直接に関係する船の現実の各種性能は、重要であって軽視できないものである。これらについてのクレームについて、これを単に「そうではない」と否定したり、無視するのは独善的であって公正とはいえない。

(4) 本件問題部分4について

本件記事の発行時点での日本旅行業協会に対しての苦情申立てがなかったことは、本件問題部分4の記載を虚偽とする理由とはならない。

クレーム満載の航海であったことについては、被告らにおいて取材がされている。

(5) 本件問題部分5について

ア 本件問題部分5の記載は、パレスチナのオプショナルツアーをめぐるトラブルを体験した乗客の談話である。この一件に関しては複数の乗客がピースボートに対してこのような不信を持ったことは取材を通じて明らかであり、それをそのまま紹介したに過ぎない。

この一件は、本文記事にもあるとおり、直前の二日前に、パレスチナのオプショナルツアーに出掛ける予定だった乗船者に対し、入れ代わりに地中海クルーズの一行に部屋を使わせるために部屋の明渡要求があった事件であり、このようなトラブルがあったこと自体は原告らも認めるところである。なお、本件クルーズのパンフレットには、オプショナルツアーの紹介と共に、「ふたたび晴海埠頭に戻ってくるまでスーツケースはあなたのキャビンに置いたまま」等の記載がされている。

当該オプショナルツアー参加者に部屋明渡を求めたのは異例の扱いというべく、契約違反の料金の返還もなかったことから、実質的には料金の二重取りといわれても仕方がない。

イ また、表向き非営利団体であるピースボートのクルーズの旅行取扱業者が、営利団体である株式会社Bツアーであって、その役員には原告甲野や原告乙川らが名を連ねていることも事実である。更に、原告らのクルーズの水先案内人のツアー料金は無料であり、ボランティアスタッフの料金もアルバイトに応じて減額される仕組となっており、結局はそれらの負担は乗船者からの支払ということとなる。そして、乗船者からの取材では、本件クルーズについてその金銭的な曖昧さをいう不満が多かった。

これらの基礎事実の取材をもとに、一方で乗船者からの右「パレスチナ事件」に対する「金儲け集団」という意見、論評が必ずしも不当、不合理にわたる意見ではないと判断して掲載し、かつ、他方でこれを読者に断定的に受け取られないよう原告吉岡の反論の意見を公平に載せた上で、最終的には、読者に判断を委ねる表現方法を採ったものである。

(三) 本件問題部分6について

(1) 本件問題部分6にいう、元日本赤軍のコマンドでストックホルムから強制送還され、その後昭和五一年にパスポート偽造で逮捕された男性とは原告乙川のことである。

右事実は、昭和五一年三月六日朝日新聞夕刊「日本赤軍の乙川逮捕旅券偽造」と題する記事による明らかである。同記事によれば、原告乙川は、元京大生で日本赤軍に属し、昭和五〇年九月、旅券返納命令に従わなかったため、ストックホルムから日本赤軍の元京大生丙田一郎とともに強制送還され、三万円の罰金刑を受けた後釈放されていたが、昭和五一年三月六日朝、有印公文書(パスポート)偽造の疑いで警視庁公安部に逮捕されたとある。そして、右同種の記事は当時の新聞各紙の報ずるところである。

原告らは、原告乙川は逮捕されたが完全黙秘で保釈となったことを記載した新聞記事を反証として挙げるが、右記事は有印公文書偽造容疑の嫌疑が不十分であったというものに過ぎず、日本赤軍のコマンドではなかったとする記事ではない。

かつて元日本赤軍に属していた左翼問題に詳しい評論家に対する取材によれば、原告乙川が元日本赤軍であることは明らかである。

(2) 原告乙川は昭和五四年一二月二八日以来株式会社Aの代表取締役に、原告甲野は昭和六三年七月三一日以来同社の取締役に就任している。

本件クルーズの旅行業代理店業を務めた株式会社Bツアーにおいて、原告乙川と原告甲野は同社の昭和六三年五月一三日の設立に当たって発起人株主となり、原告甲野は以来平成三年一月二三日の退任登記まで同社の取締役の職にあり、原告乙川は平成二年五月三日以来同社の監査役の職にある。

原告甲野は、昭和五八年以来の「ピースボート」運動の創案者であり主宰者であるが、原告乙川も原告甲野とともに昭和五八年以来「ピースボート」運動に係わっており、創案者兼主宰者の一人ともいうべき立場にある。

取材によれば、原告甲野は原告乙川の彼女であることが異口同音に語られており、また原告甲野自身、原告乙川から下落合のマンションを与えられたことを法廷で自認している。

以上のような二人の関係をもって「今でも親しい関係にあることは公然の秘密です。」とする、かつてのピースボートの水先案内人であった事情通氏のコメントは真実なのである。

(3) また、原告乙川、原告甲野がともにピースボート運動の創案者であり、その主宰者として、公私とも親しい関係にあること及び原告乙川については若かりし頃(昭和五〇年代)に新左翼運動に係わったことは、それぞれの社会的評価を高めこそすれ、貶めるものではないというべきである。

2  原告らの損害

(原告らの主張)

本誌の発行部数は、約五二万部である。

本件広告については、新聞広告が朝日、読売、毎日、日本経済、産経、中日、北海道、西日本など全国各新聞朝刊紙面に合計約四四一六万部に掲載され、車内吊り広告は、JR、一般私営鉄道、公営鉄道等で全国的に約三万九千枚の掲載がされた。

本件記事及び本件広告の掲載により、原告らはピースボートという団体の名誉を毀損され、主催者の一人として著しく名誉を毀損された。このことによる損害は、各原告につき二〇〇万円を下らない。

また、原告らはそれぞれ原告ら訴訟代理人と、着手金・報酬合わせて八万一二五〇円を支払う旨約した。

第三当裁判所の判断

一  争点1(本件記事による名誉毀損の成否)について

1  原告らについて

(一) 本件において原告らは、本件記事によるピースボートに対する名誉が毀損されたことによって、あるいは本件記事によって直接に、原告らの名誉が毀損されたと主張する。

ところで、名誉とは、民事法上、純粋な内心的感情や主観的評価ではなく、人がその品性、徳性、名声、信用等の人格的価値について社会から受ける客観的な評価を意味し、名誉の毀損とは、右のような人が社会から受ける客観的な評価(社会的評価)を低下させることである。

そして、一般に、新聞、雑誌等における特定の記事中の記述が、他人の社会的評価を低下させるものとして不法行為を構成するか否かは、当該記事の趣旨・目的等の諸般の事情を総合的に斟酌した上で、一般の読者の普通の注意と読み方を基準として、これによって一般の読者が当該記述から受ける印象及び認識にしたがって判断する必要がある。

これを本件についてみるに、甲一によれば、本件記事は、市民団体ピースボートが企画・実行した本件クルーズの参加者への本件クルーズの感想についての取材等を基礎にして、本件クルーズ及びピースボートに対する批判的な意見及び論評を述べたものであることが認められ、更に、本件記事の中で、本件クルーズもしくはピースボートの主催者ないし責任者的な立場の者として紹介され、その実名が記載されているのは、原告らの内原告吉岡と原告甲野の二人だけであることが認められる。

かかる本件記事の記載内容によれば、本誌の一般読者の普通の注意と読み方を基準とした場合に、本件記事により原告吉岡及び原告甲野以外の本件記事に実名の記載がされていない原告ら個人の社会的評価が具体的に低下するものとは認められない。

(二) この点、原告らは、本誌発行当時「ピースボートこと各原告ら」という社会的実体があり、ピースボートという名義・表示が各原告らを指し示すものとして用いられている社会的実体があった旨主張し、したがって原告らが本件訴訟の主体となりうべきことを主張するが、本誌発行当時ピースボートの存在及び活動等が世間一般に広く知られていたこと、少なくとも本誌の一般読者において各原告らに対して「ピースボートこそ何某」との認識がなされていたというような事実については、これを認める証拠はなく、原告らの右主張はその前提からして理由がない。

もっとも、本件見出しを見れば明らかなように、本件記事は、直接にピースボートの「責任者」に対しても批判的な意見及び論評を述べるものともいえるのであり、この点において原告ら個人の社会的評価の低下が生じうると考えることもできる。

しかしながら、原告甲野については例外とするとしても、総勢六八名いる本件クルーズの主催者(甲六)の中に各原告らがいることが本誌発行当時本誌の一般読者において特に知られていたことを認めるに足りる証拠はない。そうであれば、本誌の一般読者において、本件クルーズやピースボートには責任者的な存在の人がいるだろうと漠然とは考えても、それについて特定の具体的な人物を想起することはないであろうし、ましてや本件記事の記載により原告らの面々を思い浮かべることはないであろうから、本件記事に実名の出ていない原告ら個人について、その社会的評価の低下は生じようがない。

原告らは、自分らが周囲から社会的に本件クルーズ及びピースボートの責任者であると認識されている事情及び原告らが本件記事により受けた被害についても別紙三のとおり主張するが、名誉毀損の成否は、前述のとおり一般読者の普通の注意と読み方を基準として判断すべきものである以上、原告らがピースボートの責任者として原告らの周囲のある一部の人々から十分に認識されていたとしても、本誌の一般読者において原告らについての具体的な認識がなければ、本件記事により原告らの社会的評価が低下したと評価することはできないし、また、そのために生じたと主張する被害につき、それを法的な損害として認めるわけにはいかない。

原告らは、ピースボートを主体として訴訟追行することができないからには、原告らの精神的苦痛を癒すためには原告らが自ら訴訟の主体となってその精神的苦痛の救済を求める必要があるなどとも主張するが、ピースボートを主体としての訴訟の追行が実際に可能かどうかの点については措くとしても、そもそも一般的に個人の社会的評価の低下の有無を離れて専ら当該個人の精神的苦痛を癒すための損害賠償請求が認められるかについては疑問があるし、救済の必要性があるからといって直ちに損害賠償請求権が発生するわけではないのであるから、原告らの右主張は結局のところ独自の見解でしかあり得ず到底採用できない。

(三) 以上の検討によれば、本件記事の内容の真偽等について検討するまでもなく、原告吉岡及び原告甲野以外のその余の原告に対しては、本件記事による名誉毀損の不法行為は成立しないというべきである。

もちろん、本件クルーズやピースボートについての事実の報道もしくは意見及び論評であっても、本件記事の具体的内容如何によっては、それがピースボートの責任者ないし主催者個人の社会的評価を低下させることはありうるし、前述したように本件記事は直接に本件クルーズもしくはピースボートの「責任者」に対しても批判的な意見及び論評を述べるものであることは明らかであるから、本件記事に実名が登場する原告吉岡及び原告甲野に対しては、本件記事による名誉毀損の不法行為が成立する余地がある。

そこで、本件問題部分1ないし6の原告吉岡及び原告甲野両名に対する名誉毀損性及び記載内容の真実性等について以下検討する。

2  本件問題部分1ないし5について

(一) 本件問題部分1ないし5は、主として本件クルーズを対象とする記事であるが、証拠によれば、以下の事実が認められる。

(1) 本件クルーズの概要

本件クルーズは、米国ロイヤルクルーズライン社のゴールデンオデッセイ号で、平成六年六月九日に東京晴海を出港し、同年八月三一日に再び東京に戻ってくる八四日間のクルーズであった(甲六)。

本件クルーズの乗船者は延べ六四四名、内全行程八四日間に参加したのは三七八名であった(原告古山、甲六)。

他のクルーズの参加費用は、一日当たり二万五〇〇〇円から七万円くらいであるのに対し、本件クルーズの参加費用は、最多価格帯で一万八〇〇〇円くらいであった(甲六、甲二九)。

(2) 本件クルーズの参加者等に対する事前説明等

本件クルーズ出発の前年である平成五年八月から、全国各都市において数十回にわたり「ピースボート説明会」が行われ、本件クルーズへの参加希望者に対して本件クルーズについての説明が行われた。

本件クルーズに参加申込みをした人を対象に、説明会「みんなが主役フォーラム」が、東京で計五回、大阪で計四回、名古屋で計四回開催され、そこでは、船内企画の説明や船内生活の過ごし方及び各国現地での行動等についての説明がされた。

それらの説明会において配布されるなどした本件クルーズの募集パンフレット等には、ピースボートは「みんなが主役で船を出す」を合い言葉に集った好奇心と行動力一杯の若者たちを中心に、大型客船をチャーターしてアジアを始め世界各地を訪れるクルーズを企画・運営するグループであること、ピースボートは市民団体であり、ピースボートの運営するクルーズは自主管理・非営利で運営されていること、ピースボートの趣旨に賛同すればクルーズへの参加資格は問わないこと、クルーズにおいてはイベント、フォーラム、ゼミナール等が企画されていること等の記載がされている。そして、右パンフレット等には、本件クルーズが豪華世界一周旅行であるとの記載はない。

(以上、原告古山、甲六ないし一五、甲二七、甲三四)

ピースボートが発行したゴールデンオデッセイ号のパンフレットには、本船につき「白亜の女王」「外洋豪華客船」「動く高級ホテル」との形容の下、船体や船内の写真の掲載と共に船室の説明等がされている(乙八)。第一〇回ピースボートの際のクルーズの案内のパンフレットには、「この豪華大型客船がガイアの七つの海へ渡る!!」との記載がされている(乙一六)。

(3) ゴールデンオデッセイ号

ゴールデンオデッセイ号は、一万〇五〇〇トン、定員四五〇名の船である(甲二六の二、甲二九)。

ゴールデンオデッセイ号は一九七四年に建造された後、一九八七年に約一〇〇〇万ドルかけて改修工事を行い、一九九〇年からその翌年にかけて大規模な改装を行った。点検・改修を二年に一回、保険会社ロイズの検査を年に一回、米国の沿岸警備隊(コーストガード)の検査を六か月に一回、衛生面の検査を三か月に一回受けている(原告古山、甲二三の二)。

建造してから二〇年を経て世界一周クルーズを行っている客船は、クイーンエリザベスⅡ世号も含めて幾つもある(甲八〇の三)。

ゴールデンオデッセイ号のプールの大きさは、長さ七メートル、幅3.6メートル、深さ2.4メートルである。世界の二万トン級の客船の中には、プールが長さが八メートル前後、幅五メートル前後、深さ2.4メートル前後の船が何隻かある(甲二六の二)。

プールの中の水は海水で、プールの中の海水は少なくとも二、三日に一回は替えていた(原告古山)。

本件クルーズにおいて、潮の流れとか、風向きの関係で、船のスピードを保つために一時的に船を傾けて航行することがあった。クルーズの最中に船が傾いて航行していることについて乗客から質問があったため、原告古山がその理由を船員から聞いて乗客に説明したことがあった(原告古山)。

本件クルーズにおいて、参加者の一人が衣類を誤ってトイレに詰まらせたことにより、客室の天井から水漏れしたことがあった(原告古山、甲三六)。

(4) 本件クルーズの食事

本件クルーズの食事のレベルは、日本人の普段の食事におけるそれと変わりなく、とりわけ豪華なものでも質素なものでもない(甲五)。

本件クルーズの食事の原価は、乗客一人一日当たり8.9ドル程度であったこと及びその食費の水準は客船の中では一般的なものであることについて、ゴールデンオデッセイ号のオーナー会社の関連会社が回答している(甲三九)。

船上での食事を賛めた本件クルーズの参加者がいた(甲三一の一、甲七八)。

世界一周のような長期のクルーズでは、長旅に対する飽きや慣れない洋食、船酔いなどの影響もあり、食事に対して少なからぬ不満が出るのは通常のことであって珍しいことではない(原告古山、甲六、甲二八)。

本件クルーズでの朝食は、船内のレストランとプールサイドのデッキの二か所で給仕された。レストランでは洋食が、デッキでは和食が出されたが、朝食が始まる午前八時ころには、デッキでは人が並ぶことがあった(原告古山)。

一般に船旅においては、ビュッフェ形式の食事での行列は、よく生じる事態であって稀なことではない(甲六、甲七一)

(5) パレスチナオプショナルツアー

本件クルーズで企画されたパレスチナオプショナルツアーは、ツアー参加者がエジプトのスエズで一回離船して、ポルトガルのリスボンでクルーズの本隊に合流するまでの間、クルーズの本隊とは別の陸路の旅程を進めるものである。

ピースボート側からパレスチナオプショナルツアーの参加者に対し、オプショナルツアー出発の二日前に、オプショナルツアーに出発後帰船するまでの間、自分の荷物を持ち出して自分のいた船室を空けるように指示がされた。これに対し、何人もの乗客が、知らない人が自分の船室に入ってくること及びツアー料金の二重取りになるのではないかという点について不満と苦情を訴えた。結局、参加者に部屋は空けてもらい、参加者の荷物はピースボートの事務局の方でまとめて預かることになった。

ピースボートの事務局は、荷物とりまとめの通知が遅くなったことについてのお詫びの意味で、本件クルーズ終了後にパレスチナを訪問した全参加者に対して一万円相当の商品券を送った。

(以上、原告古山、原告吉岡、甲六、甲三三、甲五五、乙二〇ないし二三、乙二六)

ピースボートの計算によれば、オプショナルツアーの内パレスチナAコースの実施費用の原価は一人あたり約二四万五〇〇〇円である。パレスチナAコースの参加費用は一七万円であった(甲三三、甲三八)。

ピースボートが配った本件クルーズのパンフレットには「東京を出たら84日間。ふたたび晴海埠頭にもどってくるまでスーツケースはあなたのキャビンに置いたまま。体ひとつで身軽にアジアの、アフリカの、地中海の、カリブの、太平洋の港みなとに降りたって、好きな街、好みのツアー、知りたい問題の場に向かう。」との記載がされている(甲四)。

(6) 被告らの本件クルーズについての取材及び本件クルーズの参加者の本件クルーズに対する感想

ア 被告らにおける取材の分担等

被告ら新潮社の平成六年一〇月七日の編集会議において、ピースボートないし本件クルーズが特集記事のテーマとして採用され、編集長の被告松田から被告加藤がデスクに指名され、大門、岩本、被告鳥山、被告内田の四人が記者として担当することとなった。

大門が名古屋市の本件クルーズの参加者河田恵水、いさを夫婦及び同じく名古屋市の参加者近藤万記子の合計三人を取材し、岩本が三鷹市の参加者松下正男、練馬区の参加者若杉明子及び都内の参加者丸山永恵の合計三人を取材し、被告内田がピースボート事務局、水先案内人(船上で講演をする人)三名、評論家、事情通各一名を取材し、被告鳥山が川崎市の参加者松本賢治、福井市の参加者及び品川区の参加者の合計三人を取材した。

被告加藤は、本件記事執筆に当たり、ピースボートのパンフレット、本件クルーズの参加者リスト、現代日本人名録94、雑誌アエラ一九九三年三月二三日号、朝日ジャーナル一九八五年七月二六日号、朝日新聞一九七六年三月六日夕刊等を参考資料として集め、その他取材の過程で入手した小冊子等と併せて、本件記事執筆の基礎資料とした。

(以上、被告加藤、乙九)

イ 被告らの本件クルーズの乗客に対する取材内容

被告らの本件クルーズの参加者に対する取材において、本件記事に記載のある本件クルーズ参加者のコメントの存在を裏付けるような、食事に関する苦情、船上での若者の行動に関する苦情、プールに関する苦情、船が傾いていたこと等船についての苦情、パレスチナオプショナルツアーをめぐる苦情並びに本件クルーズの責任面及び金銭面でのいい加減さをいう苦情が、いずれの苦情についてもそれぞれ複数の参加者から出された。

そして、右取材において、以下のとおり、本件問題部分1ないし5に参加者のコメントとして記載されたものと同趣旨の発言が各参加者から実際になされた。

本件クルーズの参加者である若杉明子は、岩本の取材に応じ、その中で「朝食、昼食はデッキかレストランで取ります。デッキは和食、レストランは洋食なんですが、デッキのほうはいつも満員で長い行列が出来ていました。まるで、難民船のようでした。」などと述べた。

本件クルーズの参加者である河田いさをは、大門の取材に応じ、その中で「最初にピースボート側から渡された船のパンフレットはごく簡単なものでちょっと見ただけだと豪華客船に見えないこともなかったんですが、実際に乗ってみるとプールは狭いし、水は汚いし、カクテルは倍の値段を取る上まずいし、若者たちは短パン姿で騒いでいて、中には下駄を履いて食堂に現れた人もいました。」「船は常に左側に傾いていて、いまにも転覆しやしないかと心配したほどです。」などと述べた。

本件クルーズの参加者である河田恵水は、大門の取材に応じ、その中で「水先案内人というのは何なんだろうなと思いながら、それでも四月に出発する新さくら丸に乗るべく八十四日間世界一周、一日百九十八万円のコースに夫婦で申し込んだんです。オプショナルツアーも夫婦でそれぞれ五十万円ずつ申し込みました。それがあんな目に遭うとは。騙されたという気持ちですよ。」などと述べた。

本件クルーズの参加者である松本賢治は、被告鳥山の取材に応じ、その中で「船それ自体は二十年前に建造された一万トンクラスのもので、四年前に一度内装の改修工事を施したということです。私が難渋したのは、シャワーの排水がよくなくて、シャワールームの床が水浸しになり、しょっちゅう母親と雑巾で拭き出していたんです。だから、余りシャワーも使えませんでした。中には、天井から水が漏れてきたり、同じように排水が悪く、部屋の床まで水浸しになっているのも見ました。」などと述べた。

パレスチナオプショナルツアーをめぐる騒動については、被告鳥山の取材に対し、右松本賢治は「パレスチナのツアーは、おふくろを残して私一人で参加したんですが、突然、直前の二日前になって、スタッフの人から、“部屋を空けてくれ”といわれたんです。何で部屋を空けなきゃいけないのかと思いましたよ。中には“三か月分の部屋代を払っているんだから、部屋を空ける間のお金を返せ”っていう人もいたほどです。」などと話し、本件クルーズの参加者である安在尚人は「パレスチナOPに参加した人たちの怒りが蒸し返されて、議論は白熱したものになったんですけども、“本来は一周分の金を支払っているのだから、部屋を空けた分の金を返せ”という言い分に対しては、ピースボート側が“部屋を貸したわけじゃない”と応酬して、議論が平行線のまま。」などと話し、岩本の取材に対し、本件クルーズの参加者である松下正男は「ひとつのキャビンにオプショナルツアーに参加する客と『地中海クルーズ』に参加する客が金を払っていることになる。それでは料金の二重取りじゃないですか。」「僕だけじゃなく、他のツアー参加者もこれには怒り、ピースボートに文句を言いました。」などと話した。

被告加藤は、本件クルーズの参加者である本多孝子に取材して、彼女から「私は、ピースボートが、市民運動の美名に隠れた金儲け主義の集団だということを確信した」との話を聞いた。なお、岩本の取材に対し、右松下正男は「僕にはあこぎな悪徳商法にしか思えませんでした。あれはボランティアの名を借りた詐欺商法ですよ。」などと話し、右若杉明子は「私などはピースボートは営利団体であるどころか暴利団体だと思いましたけど。」などと話し、大門の取材に対し、右河田いさをは「最初の頃は冗談で、まるで豊田商事商法みたいね、などと話していましたが、今では冗談でもなく何でもなくそう思っています。」などと話した。

しかし、被告らが取材した参加者の中には、本件クルーズの食事等について不満を訴えながらも、全体として見れば本件クルーズに及第点をあげてもよい等と述べた者が複数いた。

(以上、被告加藤、甲四八、乙九ないし一三、乙二〇ないし二八)

ウ なお、原告らに対して本件クルーズ及び本件クルーズでの食事についてそれが満足いくものであったこと等を述べた何人かの参加者がいた(甲三〇の一、甲三一の一、甲五九の八、甲七八、甲八一の一ないし三)。

(二)(1) 右(一)(6)によれば、本件記事に記載がある本件クルーズの参加者のコメントは、本件問題部分1ないし5における本件クルーズの参加者のコメント部分をも含めて、それらが被告らにおいて実際に取材されたものであることが認められる。

そして、前記(一)(1)ないし(5)によれば、本件問題部分1ないし5における本件クルーズの参加者のコメントの内容自体についても、それらが全て事実無根の誹謗中傷というわけではないことが認められる。

また、前記(一)(1)、(2)によれば、ピースボートが本件クルーズをテーマ性を持ったクルーズとして主催したものであることは認められるものの、他方、本件クルーズの参加者は広く募られ参加制限もないこと及び本件クルーズの費用が他のクルーズに比べて安く設定されていることが認められるのであって、そうであれば、本件クルーズの参加希望者も広い範囲の客層から集ってくるのであろうこと、そして様々な立場や様々な考えを持った様々な種類の人が本件クルーズに参加することになるであろうこと(本件クルーズには高年の参加者もいることが認められる。)、更に、その結果そうして集った参加者の全てが本件クルーズの趣旨を十分に理解しているわけではないために、そこから本件クルーズに対する不満や苦情が噴出してくるであろうことは、ある程度ピースボート側においても覚悟しておくべきことであって、一応の客観的事実に基づくそれら不満、苦情の存在を言論機関が指摘することについて、それを一概に偏頗的であるということはできない(また、本件記事においては、一部ではあるが原告らの言い分として原告吉岡のコメントを掲載しており、記事の構成の公平性に一応の配慮をしている。)。

(2) しかしながら、自らが取材した内容について他人のコメントとして引用する形で記事にするのであれば、新聞、雑誌には何を記述してもよいというわけではないから、他人のコメントとして引用した記載内容自体の真実性等についても新聞、雑誌の発行者は相応の責任を持たなければならないことはいうまでもない。

確かに、前記(一)(5)、(6)によれば、本件問題部分5におけるピースボートについての「市民運動の美名に隠れた金儲け主義の集団」との参加者のコメント部分については、パレスチナオプショナルツアーに関して参加者がそれ相応の苦情ないし不満を持ち、かかるコメントをするに至るまでにはもっともな事情があったことは認められる。

しかし、本件問題部分5は参加者の実際の発言であることからその中における具体的な表現については通常の場合よりはある程度許容される範囲が広く存在するとしても、被告らにおいては参加者への取材の中から客観的事実に相応しいコメントを選んで引用して記事にしなければならないことはもちろんであって、参加者において許容されるコメントだからといってそれをそのまま引用した記事の違法性が直ちに阻却されるわけではない。

実際にピースボートが金儲け主義の集団であることを認めるに足りる証拠はなく、前記(一)によれば、ピースボートの主催した本件クルーズの料金は他のクルーズに比較して安く、かといってサービスがその分低いものであったわけではないことが認められ、むしろピースボートは金儲けの主義の集団ではないことが明らかなのであるから、「市民運動の美名に隠れた金儲け主義の集団」との記載は、パレスチナオプショナルツアーでのピースボート側の不手際の存在等を考慮しても、極めて不適切な表現としかいいようがなく、事実に反する記載又は論評の域を逸脱した記載であると断ぜざるを得ない。

(3) 更に、被告らが取材して本件記事に掲載した乗客らのコメントは決して本件クルーズの参加者全てを代表する意見というわけではなく、あくまで参加者の一部の意見に過ぎないのであるから、それらが一応の客観的事実に裏付けられているとしても、それらを単に総括しさえすれば「公正なる論評」たりうるということにはならない(そもそも本件記事に掲載された乗客のコメントをまとめて評したところで「惨憺旅行」等の表現が適当かという点も大いに疑問があるところである。)。

前記(一)によれば、実態として本件クルーズが「惨憺旅行」「惨憺たるもの」「クレーム満載」と形容されるべきほどのクルーズでなかったことは明らかである。

一般に「惨憺」とは、ひどい状態で救いもない様子を表すための表現であるところ、前記(一)(6)によれば、本件クルーズにおいて参加者の苦情が幾つか存在し、更に、それらの苦情の幾つかはある程度理由のあるものであったことが認められるものの、クルーズの実態として本件クルーズがかかる形容に相応しいものであったことを認めるに足りる証拠は何もない。「クレーム満載」との表現も、参加者のクレーム自体があったことは確かであり、また本文の記載だけを見ればもっともな表現のように見えてしまうが、本件における被告らの数名の参加者への取材だけでは、本件クルーズに何らかの問題点があったことを指摘する限りでは十分であっても、実際六〇〇人以上の参加者の中においてクレームが満載であったと結論づけることができるものではないことは、その取材内容に照らしても明らかである。本件における取材の他に、被告らへ送られてきた参加者からの手紙やファックス(乙三二ないし三七)が証拠として提出されているが、それらの証拠の存在を考慮しても、それらの証拠の内容に照らせば、未だ本件クルーズが「クレーム満載」であったと認めることはできない。むしろ、前記(一)(6)によれば、何人かの参加者は本件クルーズ終了後、本件クルーズが満足いくものであった旨原告らに対して述べていることが認められるし、被告らが取材した参加者の中にも、本件クルーズの食事等について不満を訴えながらも、全体として見れば本件クルーズに及第点をあげてもよい等と述べた者が複数いたことが認められるのである。

また、前記(一)(2)によれば、ピースボートが作成したパンフレットの中で、本件クルーズで使用されたゴールデンオデッセイ号について、その船自体について豪華客船と形容されていたことはあっても、ピースボートにおいて本件クルーズの内容を豪華な世界一周旅行である等と形容したことはなかったことが認められる。確かに、クルーズにおいて客船の豪華性をいうことは、結局クルーズ自体の豪華性をいうことに直接つながるものともいえるが、本件クルーズでは客船の豪華性をそれほど強調していたとは認められないこと、そして、ピースボートは説明会を何度か開催して、ピースボートは市民団体であり、本件クルーズは自主管理・非営利で運営されていること等について本件クルーズ出発前に参加者に繰返し説明していたことからすれば、本件クルーズは決して豪華性を謳ったものでなかったことは明らかである(したがって、本件問題部分1の「裏切られた『豪華』イメージ」との小見出し部分は、虚偽の記載である。)。そうであれば、尚更、他のクルーズとの比較において本件クルーズの質が標準を著しく下回るものであることが認められるわけでもないのにもかかわらず、本件クルーズが豪華性を謳ったものである旨の指摘との対比において本件クルーズを「惨憺旅行」と断じる本件記事の記載は事実に反するものという他ない。

(4) 以上のとおり、本件記事における本件クルーズに対する「惨憺旅行」「惨憺たるもの」「クレーム満載」との形容及びピースボートに対する「市民運動の美名に隠れた金儲け主義の集団」との指摘はいずれも客観的事実に反するもの、ないしは論評として著しくその域を逸脱したものであり、本件クルーズ又はピースボートを対象とした右の記載は、ピースボートの責任者について言及するかのような本件見出しの記載と相俟って、本件記事の中でピースボートの責任者的立場の人物であることが明らかにされている原告吉岡及び原告甲野の社会的評価を相当程度低下させ、もって、右両名に対する名誉毀損の不法行為を構成するものと断ぜざるを得ない。

この点、被告らは一般的に見出しは本文の内容を著しく逸脱しなければ名誉毀損において違法とされない等と主張するが、「惨憺旅行」との本件見出しが著しく逸脱したものであることは今まで述べてきたとおりであるし、前記(一)(6)によれば、被告らにおいて、本件クルーズに対して不満や苦情を述べる乗客の中においてさえも全体としてみれば本件クルーズに及第点をあげることができる旨を併せ述べている参加者が何人かいたことの認識があったことが認められるのであるから、本件記事の違法性及び有責性は到底看過できないというべきである。

3  本件問題部分6について

(一) 本件問題部分6は、本件クルーズに対する記事というよりもピースボートを直接の対象とする記事であるが、証拠によれば以下の事実が認められる。

(1) 原告乙川は第一六回ピースボートの主催者の内の一人であるが、本件問題部分6に記載のある「パスポート偽造で逮捕された男性」とは原告乙川のことである。

原告乙川は、昭和五〇年九月、スウェーデンのストックホルムから旅券法違反で日本に強制送還され、昭和五一年三月六日、旅券偽造の有印公文書偽造の容疑で警視庁公安部に逮捕されたが、その後、同月一七日に釈放された。

昭和五一年三月六日の朝日新聞夕刊は「日本赤軍の乙川逮捕」の見出しで、右逮捕の事実を報道しており、本文中において原告乙川を「日本赤軍の乙川太郎」と指摘し、今回の逮捕も日本赤軍の活動に関連した犯罪の容疑によるものであることを記述している。

昭和五一年三月六日の日本経済新聞夕刊は「旅券偽造で赤軍の乙川逮捕」の見出しで、同様に原告乙川逮捕の事実を報道しており、今回の逮捕は日本赤軍の活動に関連した犯罪の容疑によるものであることを記述している。

昭和五一年三月一五日の朝日新聞は「日本赤軍新橋に国内司令部」「コマンド補充作戦」「乙川自供送り出し新組織」の見出しで、警視庁公安部が逮捕中の乙川を調べたところ、新橋に日本赤軍の国内司令部があることが浮かんできたとの報道をしており、本文中において原告乙川を「日本赤軍コマンド乙川太郎」と指摘している。

昭和五一年三月一八日の朝日新聞は「自供を全面否定」との見出の下に、原告乙川が一七日に釈放された事実を報道し、本文中において「警視庁の取調べに対しては、ずっと完全黙秘を続けた。したがって日本赤軍の司令部が東京・新橋にあるなどとしゃべったことは全くない。新橋に指令を出す本拠があるとか、海外のコマンド補充のために関係者が帰国したなどと言うのは、警察当局のでっち上げで、事実無根である」との原告乙川のコメントを掲載している。

(以上、甲四七の一、二、乙四の一、二、弁論の全趣旨)

(2) 原告乙川と原告甲野は、昭和五八年のピースボート創設以来第一六回ピースボートに至るまで、共にピースボートの主催者であった。

原告乙川は昭和五四年一二月二八日以来株式会社Aの代表取締役に、原告甲野は昭和六三年七月三一日以来同社の取締役に就任している。株式会社Aは「船が出るぞッ」「ピースボート大航海時代」「花子するで!!」等のピースボート関連の図書を多数刊行している。原告甲野は、以前、原告乙川のマンションを借りていた。

(以上、原告古山、原告甲野、甲一九、乙七の一、二、弁論の全趣旨)

(二)(1) 本件問題部分6における原告甲野と原告乙川との関係について述べた部分の記載については、「公然の秘密」という表現の適不適はあるにせよ、「親しい関係」との表現がいわゆる男女の関係を断定するものとまではいえないこと、元日本赤軍の男性がピースボートの主催者の一人であると断定している本件問題部分6においてはその点の真偽が重要なのであって、その男性と原告甲野の個人的な関係自体は本件における名誉毀損性にあまり関係がないこと、前記(一)(2)によれば、いわゆる男女の仲であるとは決して断定できないものの、原告甲野と原告乙川とが親しい仲であることは容易に推測されること、さらに、本件問題部分6の本件記事全体に占める割合それほど大きなものではなく、原告乙川と原告甲野の個人的な関係については本件記事の趣旨・目的とは関係がないこと等に照らせば、それが名誉毀損の不法行為を成立させるほどの違法性を有するものとはいえない(本件記事全体の趣旨等に照らせば、原告甲野自身に対する名誉毀損性も、ピースボートが元日本赤軍の男性と係わりを有しているという限りにおいて問題となるに過ぎない。)。

(2) ところで、前記(一)(1)によれば、昭和五一年ころ全国紙の新聞により原告乙川が日本赤軍であると繰返し報道されていたこと、これらの報道について原告乙川が日本赤軍であることの真偽についてこれまで特に問題となったというような事実はないことが認められるが、その他に原告乙川が日本赤軍であったことを認めうる有力な証拠はない。

確かに、一般的には、新聞報道の存在だけでは、その新聞の記事に記載された事実について真実性の証明があったとするには十分でないことが多い。

しかしながら、原告乙川が元日本赤軍であったとしても、そのことを立証するのはその事柄の性質上かなり困難なことであるし、仮に本件記事全体の趣旨、目的が専ら原告乙川が元日本赤軍であることについて述べるものであれば、たとえそれが困難なことであっても、被告らにおいてそれらの立証を尽くすべきと解されるものの、本件問題部分6における主要の部分は、むしろ、ストックホルムから日本に強制送還された後、パスポート偽造の容疑で逮捕された男性で日本赤軍であると新聞に繰返し報道されていたような男性が「ピースボートの主催者の一人」であるという点にあり、そのことが一般の読者のピースボートに対する印象を低下させることになるのであるから、その点についての事実が真実であると認められるならば、本件問題部分6について名誉毀損の不法行為は成立しないものと解される。

(3) したがって、本件問題部分6は、その記載内容全てについて真実性の立証がなされたとは認められないものの、原告吉岡及び原告甲野に対する名誉毀損の不法行為を成立させるほどの違法かつ有責な記載とまではいえないという他ない。

なお、本件問題部分6に記載されている男性が原告乙川のことであるということは、本誌の一般読者において到底知るところではないから、本件問題部分6においては原告乙川に対する不法行為も成立しない。これは前記1で説示したとおりである。

4  被告について

前記2(一)(6)によれば、被告ら新潮社の平成六年一〇月七日の編集会議において、ピースボートないし本件クルーズが特集記事のテーマとして採用され、編集長の被告松田から被告加藤がデスクに指名され、大門、岩本、被告鳥山、被告内田の四人が記者として担当となり、その後実際に、被告鳥山及び被告内田は、本件記事の作成において専ら取材記者として本件クルーズの乗客ら等に対し取材をしただけに過ぎないものであるから、被告鳥山及び被告内田は、本件記事の掲載による不法行為の責任を問われる立場にはないものと解される。

被告加藤についても、本件記事のデスクとして編集の責任ある地位にあったことは認められるものの、最終的な責任者として本件記事内容を本誌に掲載することを決定するのは編集長兼編集人である被告松田であって被告加藤ではないから、被告加藤もやはり本件記事の掲載による不法行為の責任を問われるべき立場にないものと解される。

したがって、被告新潮社及び被告松田のみに、本件記事の掲載により原告吉岡及び原告甲野が被った損害を賠償する責任があるというべきである。

5  本件記事による名誉毀損の成否についての結論

以上認定説示してきたところを総合すると、被告新潮社及び被告松田が本件記事を本誌に掲載した行為は、原告吉岡及び原告甲野に対する名誉毀損の不法行為を構成するものと判断するのが相当である。

二  争点2(原告らの損害)について

1  甲七九の二及び弁論の全趣旨によれば、本誌の発行部数は約五〇万部であることが認められる。

2  本件記事においては「ピースボート豪華世界一周を『惨憺旅行』にした責任者」との本件見出しの横に原告甲野の顔写真である本件写真が掲載されており、さらに、本件写真の下に「豪華な旅を宣伝文句にした世界一周だったが……(甲野花子さん)」との記載がある。被告らにおける右執筆・掲載の意図が奈辺にあったかは措くとして、一般の読者においては、右一連の掲載により、本件写真の原告甲野が豪華世界一周を「惨憺旅行」にした責任者であるとの認識に至るであろうから、右掲載により原告甲野の社会的評価は著しく低下したものと認められる。

3  更に、本件広告においても本件見出しと本件写真が併せて掲載されているところ、本件広告はいずれも本誌の販売促進のためになされたものであるのだから、本件広告によって原告甲野に生じた損害(社会的評価の低下)も本件記事掲載の不法行為と相当因果関係が認められるものと解される。そして、甲七九の一、二及び弁論の全趣旨によれば、本件広告については新聞広告が朝日、読売、毎日、日本経済、産経、中日、北海道、西日本など全国各新聞朝刊紙面の合計約四〇〇〇万部以上に掲載され、車内吊り広告はJR、一般私営鉄道、公営鉄道等で全国的に約三万枚以上が発行されたことが認められる。

4  本件記事の中で、原告吉岡の名前が記載されたのは、全部で二箇所に過ぎず、いずれも参加者の苦情等に対してピースボート側の言い分を述べるピースボートの主催者としてその名前が記載されたものに過ぎない。

5  これらの事情及び前記一の各所で認定した諸事情を総合考慮すれば、本件記事の掲載によって生じた慰謝料としては原告吉岡に三〇万円、原告甲野に一五〇万円を認めるのが相当であり、名誉回復のために謝罪広告の掲載を被告新潮社及び被告松田に命ずることは相当でないものと解される。

そして、本件訴訟の難易性及び認容額、その他諸般の事情を総合考慮すれば、右の不法行為と相当因果関係にある損害としての弁護士費用として原告吉岡に四万円、原告甲野に八万円を認めるのが相当である。

三  以上の次第で、原告の本訴請求は主文第一項の限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条、六四条、六五条を適用し、主文のとおり判決する。

別紙〈省略〉

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